音をあやつる人たち

 堀米ゆず子小山実稚恵のデュオコンサートに行ってきた。感想は補完するつもり。やっぱり小山実稚恵は大好きなピアニストだ。

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 ここからは8月5日追記。
 堀米ゆず子小山実稚恵の顔合わせなんて、まずめったにお目にかかれるものではない。母からこのコンサートがあるよ、ということを聞いて「チケット買っといて!」と即答し、とても楽しみにしていた。まさかこの時期にこれだけ忙しくなるとは想像していなかったのだけれど、なんとかこの日だけはY観光の仕事の谷間の日で(工場での作業日だったので)、前日徹夜したこともあって午前中で帰らせてもらえたので、時間を気にして会社を飛び出すことなくゆっくりした気持ちで会場に向かえた。
 開場してから家を出て、着いたのは開演15分前くらい。会場の文翔館議場ホールはほとんど満席で(チケットは完売で当日券の発売はなかった)、やっぱりこの2人の組み合わせだから人気はあるよなあと思う。小山実稚恵の手を見たかったので(ピアノをやっていた人間としては当然の行為)、左側に座りたかったのだけれど空席はまったくなかったので、右側の端っこのほうに着席。
 まず登場したのは堀米ゆず子。弾いたのはバッハの無伴奏のバイオリンソナタ。バッハは私はとても好きな作曲家のひとりなのだけれど、この無伴奏ソナタを聴くのははじめてで、こんな曲もあったのかー、と思いながら聴いた。やっぱりメロディラインがとても綺麗で、バッハならではの曲。ただ、堀米ゆず子のバイオリンの音が、すこし気になった。もちろんピアノみたいに平均律じゃないから、音が狂いやすいのはよくわかる。それにしても、ちょっと高音が狂うのが目立つ気がした。ちょっと上ずったり低めになったり、音が一定しない感じ。思ったより服装がラフだったのにもちょっとびっくりした。
 それから小山実稚恵のソロ。あいかわらずふわふわのロングヘアで、この人は絶対髪をショートにしたりしないんだろうな、と変なことを考える。グランドピアノの前に座ったら、手はもちろん反対側だから見えないのだけれど、かわりに顔が真正面に見えて、そんなこともめったにないのでおもしろかった。お辞儀をするときのやわらかい笑顔と、いざピアノを前にして一瞬まばたきをしたあとの顔がまったく違って、あー今ピアニストの顔になった、と思う。演奏したのはこれもバッハの半音階的幻想曲とフーガ。出だしからすごい指の回り方で、それに圧倒された。どうしてあんなに華奢な体からあんなに力強い音が出せるんだろう。この人のピアノはもう5、6回聞いているけれど、そのたびに明晰で力強いフォルテにびっくりする。それに比べると、ピアニッシモはちょっと不得意なのかな、という感じはする。けれどメロディを浮き立たせる指のタッチは、やっぱりこの人ならではの弾きかた。シャープなんだけど鋭すぎない音はやっぱりとてもいいと思った。とにかく指の動きがすごい。
 休憩を挟んで、最後はデュオ。曲はベートーベンのクロイツェルソナタ。クロイツェルは私は生で聴くのははじめて。プログラムを見て、すごい重い構成だね、と母と言っていたほど。1楽章はピアノとバイオリンだけなのになんだかコンチェルトのような感覚を抱かせるほどの曲。最初にバイオリンで弾いたメロディをピアノがまた弾くのだけれど、1楽章はまさにバイオリンのために書かれたんだな、と思う。主題が印象に残るのはいかにもベートーベンの曲らしい(「運命」しかり、「田園」しかり、ピアノソナタの「月光」「悲愴」しかり)。第2楽章はなんとなく穏やか。音符はそう遅くはないのだけれど、流れる空気がすこしだけゆっくりになる感じ。終わりの第3楽章は快活で、ピアノとバイオリンがそれぞれ明るい音色を奏でて終焉に近づく。やっぱり名曲といわれるだけの曲だなあと思った。ただ、この2人が弾くには、ちょっとそれぞれの個性が強すぎるのかなという気も。小山実稚恵のピアノはただの伴奏におさまるようなものではないし。だけどやっぱりいい曲だったしいい演奏だった。拍手はいつまでも鳴りやまなくて、アンコールを2曲(1曲目は曲名を聞き取れず、でもモーツァルトっぽい感じの曲だった。もう1曲は県民歌)。2時間くらい、たっぷり聴かせてもらったコンサートだった。小山実稚恵ラフマニノフのCDを買って帰宅。
 あんなに自由自在に音を操れたらどんなに楽しいだろう。いい音を聴くと、自分もピアノが弾きたくなる。