よぶんなものほどいとおしい

 書店をざっと見て、ふうん何も読みたい新刊はなさそうだなあ帰ろうかな、と出口に向かいかけたときに書名だけがなぜか目に飛び込んできた。あっ、と思って回れ右をしてひっつかんでレジに持って行って買った。江國香織の本は、私にとってはそういう本。
 これはたしか何かの雑誌に連載されていたものをまとめた本(何の雑誌だったかは失念)*1江國香織の本になると私はとたんに点が甘くなることを先に言っておこう。表紙はざらっとしたクリーム色、ささめやゆきの馬の絵がついている。書名はオレンジ、著者名は青みがかった深いグリーン。ページをめくってみて嬉しくなった。本文のインクの色もグリーン。こういうところに気を使う本は文句なしに好きだ。
 内容はといえば、ものや記憶にまつわるエッセイ。江國香織の小説は、好きだけれど最近ちょっと変わってきたなあと思うところもあって、もちろん全部読んではいるのだけれど変わっていくのを眺めている感じだった。でも、このエッセイを読む限り、著者本人は全然変わっていないと思う。そしてその変わらなさがやっぱり大きな魅力だ。見つめる目はすごく静かで心地いい。
 江國香織本人も、『ホリー・ガーデン』のあとがきで、「なぜだか昔から、余分なものが好き」だと書いている。そしてそれはいまでもちっとも変わっていない。なくてもきっとそう困りはしないだろうけれど、あればそれだけでなんとなく気持ちが豊かになるものについて書くのが、この人は抜群に上手い。そういうものが本当に好きだからこそできることなのだろうか。たとえば同じものが私と江國香織の隣にあっても、それに対する思いはまったく違うんだろうな、それ自体が同じものとは思えないかもしれないな、と感じてしまう。そういう目を持っていることが、私にはひどくうらやまい。この本も、これからきっと何回も何回も、どれだけ読み返したかわからないくらい読むのだろうなと思う。

*1:調べたら『すばる』だった。